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札幌高等裁判所 昭和34年(う)35号 決定 1960年2月18日

抗告人 札幌信用質庫株式会社

代表者 谷口豊次

右代理人弁護士 二宮喜治

相手方 山本喜一

主文

原決定を次のとおり変更する。

札幌地方裁判所昭和三四年(ル)第二一号債権差押申請事件について同裁判所が昭和三四年二月一七日にした債権差押命令中請求債権目録及び差押債権目録を別紙のとおり変更する。

抗告人のその余の申請を却下する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人の抗告の趣旨並びに抗告の理由は別紙記載のとおりである。

二  抗告人は、別紙請求債権目録記載の債務名義に基く貸付金元本債権及びこれに対する遅延損害金債権を申立債権として、相手方の北海道炭礦汽船株式会社(第三債務者。)に対する別紙差押債権目録記載の年金債権の差押命令を申請し、札幌地方裁判所はこれを認容して差押命令を発したので相手方は執行方法に関する異議を申し立てたところ、同裁判所は相手方の第三債務者に対する債権は国家公務員が恩給法によつて支給を受ける恩給金となんら異らないものであるから右債権は差押えることができないとして先に発した差押命令を取消し、抗告人の申請を却下した。

三  しかしながら、当裁判所は、相手方の北海道炭礦汽船に対する本件年金債権は、民事訴訟法第六一八条第一項第六号に当るものとして、同条第二項本文によりその各支払期に受くべき金額の四分の一の限度においてはこれを差押えうるものと解する。

四  すなわち、本件記録中の北海道炭礦汽船恩給内規及び昭和三四年九月一六日附同会社の回答書並びに相手方審尋の結果によると、本件年金は大正九年一月一日より昭和二四年五月一五日まで実施された右会社の恩給内規に基くものであつて、右会社の職員が勤続三〇年以上にして退職した場合もしくは勤続二五年以上三〇年未満にして会社の都合により解雇になつた場合に銓衡のうえ特に退職一時金のほかに支給するとされた年金であり、その支給額は、三〇年以上にして退職した者は退職当時の月給の四ヵ月分、勤続満二五年の者は退職当時の月給三ヵ月分と勤続三〇年迄一ヵ年を増すごとに月給の五分の一ずつ追加したものを年額とし、年金受給者にして在職中会社に対し不都合ありたることを発見しまたは退職後会社に対して不利益の行為ありと認められたときは爾後支給しないと定められていること、相手方は右会社に二七年間勤務して昭和二〇年一二月二五日五〇歳をもつて退職し、前記恩給内規による退職一時金として当時の月給の一三五ヵ月分を給付されたうえ、本件年金を支給されることになり、給与基準の改定によつて現在は年額五万円を月割りで毎月二五日に支給されていること、そして、本件年金は、法律の明文をもつて差押を禁止されている厚生年金保険法(昭和一六年法律第六〇号。昭和二九年法律第一一五号。)あるいは国民年金法(昭和三四年法律第一四一号。)による年金とは関係なく右法律に定められた年金の受給の有無にかかわらず恩給内規の各条項に該当する限り支給されるものであり、かつまた受給権者と会社との間に譲渡禁止の特約もなく(この点に関する相手方審尋の結果は措信しない。)、前記会社の退職者の老後におけるつつましい生活の保障であるとしても、恩給法による公務員の恩給あるいは労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的として法律の形式をもつて事業主に保険関係業務を強制する前記各厚生年金保険法による年金等とは性質を異にし、前記会社の労役者、雇人たる職員が労力又は役務の対価として受ける報酬の一部たる性格を有するものであることが認められる。

勤労者の生活は出来るだけ早く保護するに越したことはない。しかし、民事訴訟法第六一八条第一項において定められているような差押禁止債権は、原則としては法律によつて強制執行による差押を禁止する旨が規定され、公示されている場合のほかは、濫りにその範囲を拡げて解釈すべきではない。そうでないと、勤労者を保護することを考え過ぎる余り却つて勤労者に不自由な思いをさせる場合がないとは言えない。

五  しからば、原裁判所が先に発した債権差押命令の全部を取り消して債権者たる抗告人の申請を却下したのは違法であつて、原裁判所は本件年金債権については各支払期に受くべき金額の四分の一に限りその差押を認可すべきであつた。

しかしてなお、本件債権差押命令の請求債権目録を見ると、その挙示の債務名義の各元本債権とこれに対する各弁済期後の一定の日から各完済に至るまでの将来の違約損害金について差押をすることを認めているが、違約損害金については各申請にかかる弁済期後の一定の日から差押命令申請の日であること記録上明らかな昭和三四年二月一六日までに限定すべきであり、また差押債権目録を見ると、本件年金債権は継続収入の債権であるから、差押えうべき範囲は右認容さるべき債権額を限度として差押後に収入される金額、本件においてはその各支払期の金額の四分の一とすべきであるのに、漫然と昭和三四年二月から昭和三九年末までの年金合計二十九万五千八百三十四円を差押えうべきものとして表示しているので、これらはすべて訂正しなければならない。

六  以上判断したところによれば、本件抗告は一部理由があるので、原決定を変更することとし、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第九〇条に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 渡辺一雄 岡成人)

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